IT業界の人材市場では長年「エンジニア人手不足」と言われていますが、それは一握りの天才・有能さん達の世界の話。難関大学の情報系の大学(院)を卒業したとか、Web系、SaaS企業で有名プロダクトの開発に携わった経験があるとか、上場SIer企業で数百人規模のプロジェクト切り盛りしたマネジメント経験があるなど、若くて優秀か、経験豊富な人達の話です。そうしたつよつよエンジニア、マネージャは今も各企業から引っ張りだこです。
では高齢でスキルも低く、マネジメントなどの経験もない、人脈もコミュ力すらもない無い無い尽くしのただの底辺エンジニアの需要は果たしてあるのでしょうか?そんなおっさんがキャリアップを目指して転職活動を始めてみると、どうなるのでしょうか?
これは、そんな未来のない男が分不相応な夢にかけた悪戦苦闘の記録です。
私のプロフィール
40代後半の氷河期世代、男性です。結婚もしていません。繰り返しますが、正真正銘何の専門性も社交性すらない、平均以下のド底辺ITエンジニアです。「底辺」というのは決して自虐や謙遜で言っているわけではありません。実は東大卒とか、テックブログにありがちな爪を隠してどん底から這い上がったアピールをする「ビリギャルメソッド」は一切使っておりません。
隠しても仕方が無いのでその一端を開示します。
まず学生時代の私は偏差値40台の公立高校出身の数学苦手なド文系で、大学には進学しましたが学部は人文系、専攻はなんと考古学でした。卒業はしましたがご存じ氷河期と私自身の無能さゆえ就職できず、5年間フリーターと無職の間を彷徨っていました。ようやく小さな出版社の編集として正社員採用されましたが、色々あってそこも3年で退職。IT業界を志しプログラマになったのは30歳を過ぎてからで、しかも数か月職業訓練を受けただけでこの業界に飛び込んでいくという(今思えばこれも)無謀なキャリアチェンジでした。
もちろん、こんな曰くつきを雇ってくれるまともな企業などあるはずもなく、1社目は都内某所の雑居ビルに事務所を構える怪しい派遣会社(実際グレーなことを色々やっていました)に潜り込んでのキャリアスタートでした。その後さらに2回転職しましたが、そこも月400時間超え長時間労働ブラックとかパワハラ同族経営などで、アレな中小企業ばかり。これまで名のある企業に所属した経験はありません。また、PMや管理職などのマネジメント経験を積めるポストを任される機会もありませんでした。これまでずっと万年ヒラです。
以上です。ざっくりしてますが、これだけで大体お察し頂けたのではないでしょうか。自分語りは長くなるのでこの辺にして(書いてて惨めな気持ちになってきました…)、また別の機会に譲りたいと思います。今回、改めて自分の職務経歴書を書き見返してみましたが、そのあまりの汚さに「こんなカス採用したいと思う企業はおるんかいな!」と我ながら呆れてため息をついてしまいました…。
ただ、資格の方はちょっと頑張りました。数学苦手な低偏差値のド文系が基本・応用情報やIPAの高度試験に合格したというのは中々ないんじゃないかと我ながらちょっと誇りに思ってます。惨憺たる経歴をカバーするため、無い頭をフル回転して必死で勉強して取りました。ただ、昨今の情報処理技術者試験を巡るゴタゴタを見ていると、本当に時間と全知力を賭けてまで挑む価値のある国家試験だったのか、分からなくなってきた今日この頃です…
転職のきっかけ
前職には積年の恨みつらみはありましたが、私怨に過ぎないものはここでは伏せておきます。
直接のきっかけは今年の初め、経営方針の変更によりリモート勤務が完全廃止となりフル出社を求められたことでした。オフィスは自宅から往復3時間の距離があり、通勤の負担は相当なものがありました。私は昨年来肩のケガのリハビリのため一部リモート勤務が許されていたのですが、病気だろうがケガだろうが全員毎日出てこいという強いお達しで、私にとっては事実上の退職勧奨でした(今年の初詣のおみくじが「凶」だったのは本当に伊達じゃなかったです)。
ここで色々粘ってこの会社にしがみつき続ける道も考えましたが、この先パワハラと安月給に耐え縁故と経営陣の胸三寸がすべての会社に奉公人として仕えても一生キャリアアップの機会はありません。技術スタックも超保守的、未だにDockerの導入すらできていないような開発環境でスキルアップも望めない状況でした。このまま他社で全く通用しないロースキルのまま50代になってしまったら本当にどこにも行けなくなります。また、現在の円安インフレが続く経済情勢の折、定期昇給が1円も無かったことも影響しました。物価は上がり続けるのに給料が全く上がらないので生活的にもジリ貧だったのです。
そもそも、最終的には転職してここから抜け出すことは自分との約束の一つでした。情報処理技術者試験の勉強をしていたのも、"その時"が来た時のための準備でしたが、それが思っていた以上に早く来てしまったに過ぎません。順番が変わってしまっただけ。年齢的にもこれ以上後回しにするのも不利になっていくだけ。どうせ足掻くならこの状況に対応し、残るより転職する方向に舵を切ろう。私は腹をくくりました。
転職の条件
- 現職より年収を大幅にアップさせること
- 会社の主たる事業が派遣・SESではないこと(自社開発か受託開発)
- リモート勤務があるか、職住近接で通勤の負担が軽いこと(ワークライフバランス重視)
- 同族経営とか、企業理念や会社の雰囲気が宗教とか自己啓発系ぽくない、まっとうな会社であること
職種はもちろん、ソフトウェア、Webの開発職です。さすがに今さら職種を変えるのはただでさえ困難な転職活動が無理ゲーになりますし、今まで散々嫌な思いをしたり酷い目に遭ってきましたが、ITエンジニアという仕事を嫌いにはならなかったからです。
とは言え、この歳で敢えてリスクを取って転職するのだから、現状よりまともな会社で、現状よりモダンな技術を採用している環境でスキルアップできて、現状より良い待遇の職に就きたいと思いました。困難な道のりになることは予想できましたが、妥協はしないと決めました。
転職活動をはじめて気が付いたこと
気付いたというか、元より平坦な道のりではないことは覚悟してましたが、その覚悟すら甘い見積だったことを痛感しました。「何も強みもない40代後半の転職は普通に厳しい」という、当たり前過ぎる現実がいきなり前に立ちはだかったのです。
まず、ほとんど書類選考に通りません。年齢を理由とした不採用は法律で原則禁止されているため各社色々と別の理由を考えてきますが、お祈りメールや仲介したエージェントの話から年齢と、年齢の割に経験が薄いのを嫌気されていることは容易に推測されるものでした。書類選考と同時に実施されるコーディングテスト、適性検査でもロースキルで要領のよくない私はバシバシ落とされましたが、中には最初に提示された合格条件を満たしたにもかかわらず「総合的な判断の結果」でお見送りされることもありました。ナンデ!?こんなに辛い思いをするなら初めから年齢制限を提示してくれた方がお互い時間の無駄にならないと思ったんですけど、どうなんでしょうね。もし年齢制限を徹底的に禁止したいのであれば、そもそも年齢や生年月日を履歴書・職務経歴書に記載すること自体を禁止するべきです。差別だからいけませんと言ったって、結局内定を出すかどうかは採用企業次第なわけだし、表向きだけ禁止してもね…と。
また転職回数が多く、それぞれの在籍期間も短かったこともネックになりました。僅かな確率で書類選考を通過し、面接にたどり着いたとしても、履歴書の空白期間や退職理由を一つずつ説明して欲しいと突っ込まれます。下手に取り繕ってもボロが出るだけなので正直ベースで話しましたが、苦しいやり取りの連続でした。しかし、それもこれも今まで自分の人生としっかり向き合わずセルフネグレクトしてきたツケと言えるでしょう。転職活動は自分の人生で今まで積み上げてきた実績を他者に厳しくジャッジされる場。試験が始まってから勉強して巻き返すことができないように、始めてからステータスの底上げはできないんですね。
同業他社ならITスキルはともかく業務知識はあるからワンチャンいけるんじゃないかと応募してみましたが、さらに意味不明な文言でお祈りされまくりました。この年齢で競合からやってくる転職者…何か理由ありに違いない、と思われたのかも知れません。まあ理由はありますよ…私が採用する側でも警戒はすると思います。競合避止義務は課せられていませんでしたが、余計なトラブルを避けたいというのもあったのかも知れませんね。
転職サイトや転職エージェントについて
今回はハローワークには一切お世話にならず、民間の転職サイトや転職エージェントをいくつか利用して活動を行いました。転職サイトは新卒以来、転職エージェントは初めての利用となったので、浦島太郎状態の私にとって現代の転職活動のスタイルには少々新鮮で驚かされました。
まず、企業の求人情報に対して「気になる」みたいなボタンがついており、それを押すと通知が相手側の採用担当に行き担当者からリアクションが来ることもあることです。いつの間にか転職サイトはSNSみたいなサービスになっていたんです。
企業側からも積極的に逆アプローチがあり、「スカウト」という名の応募提案のメールも毎日山のように届きます。とは言え、このスカウトという奴はピンポイントで「あなたに興味があります」というアピール目的よりも数打ちゃ当たるのスタンスで不特定多数に送っているものが大半で、同じ企業(それもSESばかり)からしつこく何度も届くので活動終盤の頃にはほとんど目を通さずに削除してしまいましたが。
面接もTeamsやZoom、meetなどでWeb上で行なうスタイルが圧倒的になっていたのも驚きました。最終面接だけ対面、あるいはカジュアル面談から最後まですべてWebで完結する求人も今は珍しくありません。
転職エージェントというサービスも今回初めて登録してみましたが、これは期待していたものとは全く異なるサービスでした。私の期待とは、エージェントが私の代わりに企業と給与とか、言い出しにくい条件などの交渉を代わりにやってくれるだろう、というものでしたが、これは大きな私の大きな勘違いでした。某R社のエージェントは私の経歴に目を通し、私の待遇面での希望条件を聞くと苦笑いしながら「〇〇(私)さん、あなたの経歴でそんな条件じゃどこの企業も取ってくれませんよw」と(言い方はもう少しマイルドでしたが)遠回しに希望年収を下げろと言ってきました。
私としては身の程知らずな要求であることは承知の上で、そこを上手く交渉してくれればと思いエージェントを使ってみようと思ったのですが、エージェント側の立場としては、こういう高望みの鼻っ柱を折って手早く内定(=成約)に持ち込むが仕事のようでした。考えてみればこれは当たり前のことで、採用が決まった場合、エージェントに対する成功報酬を支払うのは求職者(私)ではなく募集した企業側です。エージェントにとって「顧客」とは求人企業の方であって私ではないため、エージェントは基本的に企業側の意向を優先します。「エージェント(代理人)」とは求職者ではなく「求人企業側の代理人」という意味だったのです。私のように理想が高くて妥協せず、相場に収まらない求職者はいつまで経っても成約に持ち込めないやっかいな「不良品」であり、不良在庫を抱えたくないというエージェントの意向も(今なら)理解できます。
とは言え、私の立場からすると難しい年収の交渉を代わりにやってくれるどころか、まずエージェントとの条件交渉が加わってコミュニケーションコストが倍増する形になってしまいました。楽になるどころかだんだんゲンナリするようなやり取りが増え、私は嫌気がさしてきたのでこちらとしては条件が合致する求人がなければ在職中なのだから最悪現職に残るという道もあるんですよと伝えました。するとエージェントは「ああそうですか、構いませんけどあなたの年齢ではのんびりしている暇はないんじゃないですか?せいぜい残り少ない時間を大事にしてくださいね」と呪いの言葉を吐き、完全に決裂した形になりました。
もちろんエージェントサービスにも色々ありますし、複数利用していたのでこんな人(会社)ばかりではないのは分かっています。しかし、エージェントサービス企業のポリシーやエージェント個人の性格、相性にもよるとは思いますが、私個人としてはこの一件で「そもそも転職エージェントって不要な仲介業者なのではないか」との結論に至りました。以前のように企業と求職者が直接やり取りすれば求人企業としてもエージェントに余計なフィーを払わないで済むのに…なんで皆さんエージェントに頼るんでしょうね…?私はR社の求人応募にはエージェントを介さず一般の転職サイトの方を使い、希望条件は採用担当者に自分の口で伝えることにしました。転職市場ではエージェント限定求人の割合が結構大きいので勿体ないといえばそうなのですが、限定求人はその名の通りエージェントを通さずに応募することはできません。そしてエージェントを通すと真の希望年収で応募させてもらえない状況になってしまっており、これ以上エージェントとの面倒くさいやり取りでエネルギーを浪費したくなかったのです(こういうところは我ながら相変わらずコミュ障だなと思います)。
内定までの道のり
転職活動期間中、平日は仕事が上がってからはずっと求人検索やメールの返信などに費やしていました。休日は各転職サイトのプロフィールや職務経歴を読み直し、不採用通知の度に何度も手直しを入れてブラッシュアップしました。そして"変えることのできない過去"履歴書・職務経歴書を読みながら、採用側にちゃんと自分の半生を理解してもらえるよう「ストーリー」を考え、それぞれの経歴や空白期間に「意味」と「連続性」を与えていくことで、質問されてもきちんと受け答えできるように考えました。まあ、ぶっちゃけ辻褄を合わせただけなんですが。
しかし、経歴無い無い尽くしの私にとって嘘にならない程度に経歴を盛るのにも限界があります。頼みにしていた情報処理技術者試験の資格についても、カジュアル面談などでも話題に上ることはなく、企業側にとっては関心外のようでした。私の転職活動は次第に行き詰まりが見えてくるようになりました。どうしたものか…
取れる手段は二つでした。
それは、妥協するか、勝つまでとことんやるかです。
妥協するのは簡単な道です。大人しく安い給料で派遣会社やSES企業に籍を入れ、数か月単位で現場を転々をするだけの仕事をこなして定年まで凌ぐ道。最近のSESはフルリモート案件も多いので条件の一つは満たされるかも知れません。でも、今と同じか、それより安い給料になるくらいなら、はっきり言って転職する意味なんてないじゃないですか?現職でパワハラに耐えて奉公人のように働くのも、また以前のようにSESに戻って常駐先で奴隷扱いされるのも大差ないでしょう。
就職・転職は100社内定をもらったところで結局はその中の1社しか選ぶことができません(例外はありますが原則として)。100勝0敗も1勝99敗も等価値、1社でも自分の希望条件に合った企業から内定がもらえればそれで「勝ち」なんです。私はやはり妥協はせず、勝つまでとことんやってやることにしました。決めてから辞める。決めるなら勝って決める。勝つまでやる。これが結論でした。
この頃にはすでにリモート勤務は終了してしまい、フル出社の平日は3時間の通勤時間に圧迫され転職活動のために使える自由時間は限られてきましたが、そもそも面接のアポイントが全然取れないので(泣)それほど無理なスケジュールにはならないだろうと読みました。
さて、1勝でも勝つためにはもっと数をこなす必要があると考えましたが、エージェントを使わないと中々希望条件と応募資格の両方を満たす求人というのは出回ってきません。これまではSaaSなど自社でソフトウェアやサービスを開発し、商売している企業ばかりに応募していたのですが、視野と職種などの検索範囲を広げてみると、事業会社のIT部門という道もあることに気が付きました。事業会社のIT部門というと、今まで情シスとかDX推進とか、開発といっても外注先の管理くらいまでしかやらないだろうと思いこんでいたのですが、最近は内製化の傾向が強まっており、社内業務システムだけでなくtoCのWebサービスまで内製で開発する企業が増えているようなのです。これは目から鱗が落ちたというか、灯台下暗しな事実でした。IT系のニュースとかで見聞きしていた話ではあったのですが…。中規模以上の企業であれば大抵何かしらIT部門やシステム子会社を抱えています。そうしたところの求人もチェックして、情シスやDX推進的な業務だけでなく開発もやっている企業を探して応募してみることにしました。
すると、こちらの感触は意外と悪くない。少なくとも書類通過する確率はやや上がりました。大手だとさすがに厳しいですが、このルートだとそこそこ規模の大きい企業でも相手にしてもらえるのです。カジュアル面談や面接で担当者の方と話をしてみると、どこもエンジニアの応募が少なくて困っている様子でした(だからと言ってロースキルは困るでしょうが)。IT戦略に対する考え方も一昔前のイメージから変わっていて、自社の内製サービスを事業の柱にしたい、開発部門をコストセンターではなくプロフィットセンターに変えたいといった展望を聞かせてくれました。そして、こうした企業の中から最終面接まで進む企業も出てきて、これはひょっとして行けるんじゃないか?と光明が見えてきました。
そんな中、私はある商社のIT部門の最終面接(役員面接)に臨むことになりました。事業会社のIT部門の面接というのは、プログラミングなどのITスキルよりも、事業部門とどれだけ上手く協力して自社の事業を円滑に推進できるか、といった協調性やコミュニケーション能力の方を厳しく問われます。ましてや応募先は商社、英語ペラペラのコミュニケーションおばけがゴロゴロいるような業種です。私としては元々売りにするほど技術力もないのと、ブリリアントジャークのようなタイプのエンジニアは反面教師だったので技術に関する個人的なこだわりはなく、職場の心理的安全性や会社やチームとしてのアウトカムの方を重視しています、みたいことを答えました。また、私の場合は残当ながらクソ汚い履歴書・職務経歴書について一行一行丁寧に突っ込まれまくりました。しかし、これまでの失敗をフィードバックしてきたのもあり、不思議とこの時はほとんど焦ったりつっかえたりすることなく、ストーリー仕立てで空白期間などの説明をすることができました(ような気がしました)。まあいくら取り繕っても私がコミュ障なのはバレバレだったとは思います。
数日後、その商社からメールが届きました。ドキドキしながらメールを開くと、それは何よりも待ち望んでいた初めての内定通知だったのです!私は年甲斐もなく小躍りしてしまいました。提示年収も希望通りで現在の年収を大幅に上回り、リモート勤務こそありませんでしたが職場は自宅から30分圏内でそのほかの希望条件もほぼ満たしており、即入社を承諾しました。これは運の要素も大きかったとは思いますが、何度も失敗と修正を繰り返す試行錯誤の末に一歩一歩前進して山頂にたどり着いた登山のような成功だったと思います。
最初は短期決戦でいくつもりでしたが、結局内定をもらえるまで2カ月半もかかってしまいました。前述の通りほとんどは書類選考で落とされ面接まで進むこともできませんでしたが、最終的には応募した企業数は50社となりました。まあぶっちゃけ100社超えも覚悟していた所でしたので、むしろこんなに早く希望条件を満たす企業から内定をもらえたことは僥倖と言うべきかもしれません。
ちなみに、内定が出た少し前頃には肩のケガも通勤に支障ない程度には回復してきていたので、当初の前提は崩れていたのですが、その直後オフィスがさらに自宅から遠い場所に移転することが決まり、通勤時間もさらに長くなることが確定しました。3時間でもしんどいのに、ケガが無くてもこれ以上長時間の通勤には耐えられません。やはりあの時転職を決断したのは賢明だったのだと胸を撫で下ろしました。
新しい職場・職務について
現職に入社してみての第一印象は「なんか、普通だ…(感動」でした。総務の人が入社時オリエンテーションをしてくれる、ボーナスが年2回出る、労働組合がある、試用期間なのにいきなり有給休暇をもらえる…。開発環境にも念願のDockerを導入できました。面接の時「うちはまだまだレガシーシステムが絶賛稼働中でして…」みたいなことを言われていたので、どんな骨董品が出てくるのか武者震いしていたところでしたが、普通に前職よりもモダンな環境でちょっと肩透かしを食ら…いやいや、良かったです。今は貿易業務の勉強をしつつAIを使って社内システムの開発に従事しています。自分でコーディングができなくなってしまったのはやや寂しいですが…。
今まで働いてきた会社は、入社初日から放っとかれて一人で環境構築していきなりバグ修正してたりとか毎月有期の労働契約を結び直される(案件が決まらなかった場合労働契約は更新されず、無給で待機となる)派遣会社とか、月400時間労働や5日間会社に泊まり込んで働かされるようなブラックな環境ばかりでまともに労働者として扱ってくれる会社に勤めた経験がなかったので、今さらこの歳で新鮮な驚きを感じています。いやー、商社って就活生に人気の有名どころでなくても普通に待遇良いんですね…。
加えて輸出商社なので円安の影響で今は景気が良く、開発に限らず採用活動も積極的にやっているようです。これも私の採用の追い風になっていたのかも知れません。
もっと早くこういう"普通の企業"に転職していれば、その後の私の人生も違ったルートを辿っていたかも知れなかったのが唯一悔やまれるところです。
私は世間知らずでした。
おわりに
一般に、40歳を過ぎてからの転職は一発逆転やキャリアアップが難しく、良くて年収維持で横滑り、多少の年収ダウンは覚悟しましょうと言われています。そんな中、40代後半にも関わらず年収はじめほぼすべて希望条件通りの職に就くことができた私の転職活動は御の字の結果といえるでしょう。まあ、元が低すぎたんですけどね…キャリアアップというか、「やっとまっとうな会社に勤めることができようになりました」と表現した方が正確かも知れません。
今回の転職活動で私が得た知見をまとめると以下の通りになります(あくまでも私個人の経験に基づくメモ的なもので、普遍化・体系化されたものではありません)。参考程度にお読みください。
- 求人応募はとにかくまず数をこなす。今より上を目指したいなら10社や20社くらい祈られるのは当たり前。試行回数を増やせば教訓が蓄積され、フィードバックや活路が見えてくる
- 履歴書・職務経歴書の空白期間などはあっても問題ない。面接では何と答えるかよりどう答えるかが見られている。正直・堂々・前向きに答えれば大丈夫。詐称はNG
- 資格はあまり評価してもらえない(若いうちに取っていたらまた違っていたかも)
- エージェントは妥協しても良い場合や相場通りの希望条件なら有用。相場より上を目指す場合は逆にお互い邪魔になるだけなので使わない方が吉
- 事業会社のIT部門はわりと穴場(これは数をこなすうちに見えてきた活路)
- 縁故のない中途採用で中小企業はやめとけ(特に同族経営は絶対やめとけ)
それにしても、円安の物価高で困窮していた私が、円安で儲かっている企業に救われたのは何とも皮肉な話ですね…人間万事塞翁が馬と言うべきか。でも、自分のような箸にも棒にも掛からぬ経歴の人間でも、まだチャンスは残っていたんだという希望に溢れる結果が得られて本当に嬉しかったです。この転職活動記が、一念発起したいけど逡巡している同じような境遇の中高年の方に希望を届けることができればいいなと願っています。
最後に、読んで頂きありがとうございます。「自分との約束を守る」ための私の旅はまだまだ続きます。




