健康診断

年に一度の健康診断に行ってきた。

 

遡ること2年前『あなたはメタボです。糖尿病の疑いもあります』という目を覆いたくなるような健診結果が届いて以来、心を入れ替え無理のない範囲でダイエットを続けている。

昨年12月時点でこの時の体重から-10kgまで減量に成功したのだが、その後少々慢心してしまい年末年始は食い道楽をやらかしてしまった。結果そこから+3kg。頑張っても体重はなかなか減ってくれないが、リバウンドは一瞬である。

今年に入ってからは一層節食に努め、なんとか昨年末の水準に戻したところで今年の健診を迎えることになったが、看護師さんから「中年で体重が増える人は多いが減る人はなかなかいませんよ」と褒めてもらった。

 

しかし、20代と40代ではさほど基礎代謝量は変わっていないはずである。『中年太り』とはデスクワーク中心の仕事や運動をしなくなるなどの生活習慣が少しずつ脂肪を蓄積させてしまった結果なのでは?とも思ったりもする。
実際、自分はフルリモート勤務になり通勤がなくなった途端に一層ぶくぶくと太りだしてしまい、今は食べる量を減らし(通勤しなくなった分)多少の散歩を心がけているだけで痩せていっている。

 

最終的な目標はまだまだ下なので引き続き節制しなければならないが、取りあえずダイエットは順調に進捗している。血液検査の結果も楽しみだ。
(情報処理技術者試験の方はズタボロだが…泣)

大倉山と獅子ヶ谷

晴天になかなか恵まれなかった先週の3連休の中日、晴れ間が見えたチャンスに
梅を見に行こうと思い立って外に出かけた。

 

 

東急東横線大倉山駅を出てすぐ西側の急な坂道を上ったところにある大倉山公園へ向かい、柔らかい早春の日差しを浴びならの気持ちよい散歩。名所となっている梅林の花はもう散り始めていたが、高台からは富士山や武蔵小杉、新宿副都心のビル群を眺めることができた。

 

 

 

擬洋風建築ならぬ擬古代ギリシア建築(公式ではプレ・ヘレニック様式と呼ばれているらしい)の大倉山記念館はなかなか見ごたえある建物。「大倉山」という地名もこの大倉山記念館を建設した実業家・大倉邦彦氏の名前に由来するが、元々この辺りは「太尾」と呼ばれていたらしい(ちなみにジャンプ競技場で有名な札幌の大倉山や神戸の大倉山駅は同じ実業家の大倉喜八郎の方にちなんで命名されたらしいが、大倉邦彦と大倉喜八郎は親戚でも何でもない無関係らしい。"大倉"違い。紛らわしい…)。

 


大倉山駅前の商店街はこの記念館に合わせてか古代ギリシア建築を模した商店が軒を連ねていてハイソな街の演出に一役買っていた。流石は街づくりに定評のある東急である(東急の仕業なのか?)。

 

 

鶴見川まで足を延ばしたら引き返し、今度は東側へ。
途中師岡熊野神社に立ち寄り、坂を上って熊野神社市民の森を歩き、また下ってトレッサ横浜近くで車の往来激しい環状2号線を渡ると獅子ヶ谷市民の森の入り口。ここからさらに一山超えると突然立派な古民家の敷地に入る。江戸時代末期に建てられたとされるこの旧横溝家住宅、主屋はもちろん長屋門まで人が住めそうなくらい立派で、しかも蚕小屋や蔵も保存されていてちょっと感動した。

 

 

さて、旧横溝家住宅のあたりで行政区画は横浜市港北区から鶴見区に移っているのだが、風景は大倉山の瀟洒な住宅街からいつの間にか畑や廃棄物処理、建設会社の事務所などが並ぶ、のどかな谷戸地に変わっていた。

 

獅子ヶ谷市民の森はさらに谷戸地を挟んで反対側の丘陵にも広がっており、この山を越えたところにある二ツ池公園まで到達したところで引き返した。最後は獅子ヶ谷の尾根道を伝って菊名駅に到着、日はとっぷり暮れていた。

 

 

大倉山から獅子ヶ谷方面まで歩いてみて(同じような横浜の田舎に住んでいる自分には見慣れた光景だが)露骨な落差にはちょっとびっくりした。しかし、大倉邦彦が後に街のシンボルとなる建物を建築し、東急が街づくりに参画していなければ大倉山も元の「太尾」と呼ばれ、獅子ヶ谷と大差ないのどかな片田舎のままだったかも知れない。


街のイメージなんてそんなものだし、一方でだからこそイメージが大事なのだとも言えそうだ。

盆地

1/27、1/28の土日(日帰り2日)を使って秩父地方に行ってきた。

秩父三社へ参詣し、今年の目標達成を誓う。
ついでに秩父名物豚みそ丼やみそポテトを食らいつつ、少し早かったけど宝登山ロウバイの香りを楽しんだり、以前から行ってみたかった日本最初の流通貨幣といわれる和同開珎鋳造のきっかけとなったと伝えられる和銅遺跡も訪問するなど週末の小旅行も楽しんできた。

 

 

 

秩父地方へはかれこれ通算10回くらいは訪問しているだろうか。でも行けば行くほど魅力を再発見してしまうので全く飽きが来ない。

羊山公園の芝桜や長瀞のライン下り、そして秩父といえば有名な秩父夜祭秩父の象徴ともいえる武甲山両神山などの秩父の山々にも登った。アニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」「心が叫びたがってるんだ。」「空の青さを知る人よ」で知られる"超平和バスターズ三部作"の聖地巡礼も楽しかった。行ってみたいけど行けていない場所もまだいくつもある。

 

 

関東周辺で観光資源に恵まれているエリアは他にもあるとは思うのだけれど、何故か秩父をリピートしてしまう不思議(近場には鎌倉もあるのに)。旅のさなか、自分はなぜ秩父に惹かれるのだろうとふと考え、気がついてしまった。

豊かな自然に囲まれ、歴史的な街並みの残る盆地の地方都市--秩父は松本に似ているのだ。自分にとって青春時代を過ごした松本市は語り尽くせないほど想い出深い地方都市だ。

もちろん引っ越した後も松本方面へ旅をしたことは何度もあるのだけど、地理的にちょっと遠い松本とギリギリ首都圏の秩父とでは旅の手軽さが全く違う。そういえば岡山に住んでいた時は津山がお気に入りだった。ここも同じ盆地の歴史ある地方都市。もし東海地方に住んでいたら高山に足繁く通うようになっていたかも知れない。

 

相生あおい「盆地ってさ、結局のところ、壁に囲まれてるのと同じなんだよ。 私達は、巨大な牢獄に収容されてんの」

 

映画「空の青さを知る人よ」より

 

松本に住んでいた時は盆地の息苦しさ、退屈さに飽き飽きして早くここから抜け出したい、東京に出たいという思いが強すぎて、松本で得られたもののかけがえのなさに気がつくことができなかった。そしていざ松本を抜け出した時、大切なものを失ってしまったこと、それを取り戻すことは二度とできない事実に気がついたこと、その喪失感を埋めるように自分は秩父を旅していたのかもしれない。

なんだか「元カノに似てるから」みたいな理由(きっかけ)で秩父には大変失礼な話かもしれないが、でも今では秩父も松本に負けないくらい好きな街になってしまっている。松本にも秩父にもそれぞれ良いところがあるし、秩父にしかない魅力もだんだん分かってきたところだ。

 

 

また暇ができたら秩父に遊びに行きたい。
心の穴を埋めるためではなく、空の青さを探すために。

2023年の振り返りと来年の約束

2023年ももう残りわずかとなったので、今年の目標とその達成・進捗について簡単に振り返っていきたいと思います。

 

情報処理技術者試験

 まず、春と秋に受験した情報処理技術者試験ですが、過去記事の通り春に受験した応用情報技術者試験には合格しました。が、秋試験のデータベーススペシャリストは惜しくも不合格…午前I免除で午前II、午後Iは8割以上取れていたのですが、最後の午後IIで合格ラインにあと2点届きませんでした。悔しい気持ちもあるにはあるのですが、率直に言ってある意味納得の結果だったな、とも思っています。
 本腰を入れて勉強を始めたのが8月くらいだったのですが、明らかにスタートから遅れていました。今の自分のレベルから見積もると最低でも3ヶ月以上の勉強は必要で、本番では準備不足を身を以て痛感。午前試験は余裕を持って突破できたため、データベースに関する基礎知識的な部分は問題なかったと思われるのですが、午後試験、特に午後IIは知識だけでなく長大な文章を読んで要件や問題の趣旨を短時間で読解する力が必要不可欠でした。自分にはこの読解力が今ひとつ足らず、また初めての高度試験で問題慣れもしていなかったのが敗因だと自己分析しています。
 やはり 高度試験は伊達じゃない。もっと早い時期から勉強を始め、過去問を多くこなしておくべきだったと反省しています。

 

個人開発

 試験勉強の合間にちょくちょく仕事で使う言語とは別の言語の勉強をしたりはしているのですが、まだちゃんとした成果物を出せていません。時間やスキルの問題ではないと思うので、これまでのやり方や課題に対する態度に問題があるのだと思います。
 ここは来年の重点課題として取り組んでいきたいと思います。

 

山に登る

 こちらも上記と同じ過去記事で書きましたが、今夏に奥秩父金峰山(標高2,599m)に登ることができました。2,500m以上の高山に登るのが目標だったので、一応達成できたことにはなるのですが結構バテてしまいました。
 体力の低下を痛感した山行だったため、ダイエットと並行して筋力・体力のアップが課題です。

 

ダイエット

 開始から16ヶ月が経ちますが、一昨年の健康診断の時と比べ大体10kgくらい減量できました。順調に痩せています。
 これについては特に年次目標を立てているわけではないため、詳細はキリの良いところで後日別記事を立てて書きたいと思います。

 

来年の目標

 まず、高度情報処理技術者試験は来年も引き続き受験します。春と秋、両方受けて少なくともどちらかは合格することが目標です。特に再挑戦となるデータベーススペシャリスト試験は今度こそ合格したいです。

 個人開発については詳細な改善計画はこれから詰めていきますが、具体的な成果物を一つでも作ることが目標です。

 そして、来年もまた本格的な高山に登りに行きたいです。できれば縦走もしたいところ。そのための日帰り低山ハイキングなどもちょくちょく行って体力づくりに励みたいです。

 また目標というほどではないですが、このブログをもっと活用していければと思っています。今はごくたましか更新してないのですが、2000~3000字くらいの短いエッセイなどを月一ペースでちょくちょく書き、アウトプットを増やしていけたらなー、くらいのことも思っています。

 

おわりに

 すべての目標を完璧に達成できたら、来年は次のステップに進もう…と考えていたのですが、なかなか思うようにはいかないですね。もう若くもないのに不甲斐ないです。
 自分の意志が弱いばかりにネットに時間と注意を奪われ、勉強不足からあと一歩のところで目標を達成できませんでした。

 来年はネット、特にX(Twitter)をどれだけ本気で断てるかが目標達成の鍵だと考えています。ダイエットについては悪い習慣を変化させることに成功したので、やればできると信じたいです。
 孤独を恐れず、余計なことを考えず、自分にとって大事な問題に集中して取り組むことをここに誓います。

 

 それでは、良いお年を

My new gear...

2016年夏から登山やツーリング等々旅のお伴に連れ回していた愛用のコンデジOLYMPUS Stylus 1sがついに壊れてしまった。電源はまだかろうじて入るし撮影も一応可能な状態なのだけど、背面液晶が取れてしまい起動時にレンズが出たり引っ込んだりして妙な動きをするようになった。

 

Stylus 1sは片手でも撮影できるくらい軽くて小さくて、旅行や登山には必携の相棒だった。全国津々浦々をこのカメラと共に旅し、数万枚の写真を撮った。洗練されたデザインもシャッター音も格好良くてお気に入りのカメラだった。
だが、ついに別れの時がきたようだ。7年以上酷使してきたのだし、故障は致し方ない。さすがに買い替え時か…苦渋の決断に至った。

 

特にメーカーに拘りがあったわけじゃないんだけど、自分がこれまで使ってきたデジカメはすべてOLYMPUS製だった。自分なりに色々調べて、その当時出回ってる、かつ予算の範囲内で欲しいと思った製品がたまたまOLYMPUSだったという偶然なのだ。

 

最初は今度こそ脱OLYMPUSしようと思っていた。粉飾決算事件を起こした会社としてのオリンパスには失望させられたし、その後カメラ事業を譲渡したと聞いたので、さすがに次こそはOLYMPUSは無いな…と思っていたのだ。


というわけで、お迎えする機種を選定するにあたり、以下のような条件を考えた。

 

  1. レンズ交換式
  2. 小型・軽量で携帯性に優れる
  3. 防塵・防滴性能や耐候性を備える

 

1.は「流石にこの歳でもうコンデジもないか…」という見栄のような気持ちもあったけど、そろそろ「カメラらしいちゃんとした交換式レンズで写真を撮ってみたい」という希望が大きかった。昔は貧乏でレンズを買う金も無かったためコンデジ一択だったが、今は流石にそれくらいの蓄えはある。一眼レフでも良かったのだけど、最近はメーカー各社もミラーレスの方に力を入れているとのと、2.との兼ね合いでミラーレス一眼を中心に探すことにした。

 

2.は自分の使い方がカメラを山や観光地などに携帯して、気になった被写体を気軽にパシャパシャ撮りまくる、というアウトドアスタイルなので小型・軽量で持ち運びし易いカメラは絶対条件とした(具体的にはボディ本体だけで400g以下くらい)。一般的に一眼レフとミラーレスなら、構造的にミラーレスの方がボディは小さく抑えることができるし、またセンサーサイズもフルサイズよりAPS-C、4/3型の方が同じくボディもレンズも小型・軽量化できる。もちろん画質はフルサイズの方が良いのだが、自分はそれほど画質には拘らなかったため、センサーサイズもAPS-Cか4/3に絞ってレンズも含めて小型・軽量のカメラを探すようにした。

 

3.も2.との関連で「アウトドアでの酷使に耐えるタフネス」が希望だったので防塵・防滴性能はやはり外せなかった。山行中雨に降られたり、転んで土を被ってしまったくらいで壊れてしまうようなヤワなカメラでは困る。冬山は基本行かないが、厳冬の低温環境でも耐えるような耐候性もあれば尚良しとした。

 

以上の条件で調べまくっていたところ、「OMデジタルソリューションズ」という
聞き慣れないメーカーの「OM SYSTEM OM-5」がまさに上記の条件にピッタリ一致することが分かった。

基本情報|OM-5|OM|OM-D|デジタル一眼カメラ|製品・オンラインストア| OM SYSTEM公式サイト|OMデジタルソリューションズ
https://jp.omsystem.com/product/dslr/om-omd/om/om5/index.html

ボディもレンズも小型・軽量なマイクロフォーサーズのミラーレス一眼。アウトドア向けをアピールしており、防塵・防滴性能に加え-10℃の環境でも動作する耐候性。デザインもカメラ然とした見た目が良い。
ーーこれだ。
でもメーカー名が気になる。聞いたことのない会社だった。で、調べてみたらオリンパスから譲渡されたデジカメ事業を引き継いだ会社とすぐに分かった。正直、「またお前か…」と苦笑いしてしまった。もはや腐れ縁だ。

 

さて生活に余裕が出てきたとはいえ、やはりレンズ交換式のカメラの価格はコンデジの何倍もする高級品。購入を決めてクリックする時は指が震えていた。そして数日後、"My New Gear..." OM SYSTEM OM-5は我が家にやってきた。

左がStylus 1s、右がOM-5

Stylus 1sと比較してみるとまごうことなくOLYMPUSの魂を継承したカメラであることが分かる。しかし箱がダンボール製になってしまってちょっと貧相…梱包は重要なユーザー体験なのでそこはちょっとこだわって欲しかった。

 

そして先日、さっそくOM-5を引っ提げて横浜の公園に繰り出し試し撮りをしてみたが、使い勝手もStylus 1sとさほど変わらず、実際に操作してみても戸惑うことなくすんなりと撮影に入っていけた。もちろんコンデジとレンズ交換式ではレンズ交換やズームの仕方など細かい違いは色々あるのだが、UIが過去のOLYMPUS系と似ており物理ボタン配置や液晶画面のメニューなど勝手知ったる操作感だったのが幸いだった。

 


相変わらず写真の腕自体はお察しだが、素人の腕でもカメラの性能は段違いに良くなっているのが理解できた。特に夜景の手ブレ補正機能がエグいくらいに優秀で、専用モードにすれば手持ちでもシャープな夜景を撮影することができるのには驚いた。まだまだ完全に使いこなせてはいない状態なので、オンラインマニュアルを読みながらじっくり勉強したい。

 

というわけで、ありがとうStylus 1s。よろしくOM-5。もう少しOLYMPUS系カメラとの付き合いは続いていくようである。

40(略)が応用情報に合格した話・久々に登山した話

次の目標に取り掛かる前に、取りあえず簡単に今年の中間報告をしておこうと思います。
前回の記事で宣言した今年の『自分との約束』である応用情報技術者試験に無事合格することができました。
自分の中では今年最低限達成するべき目標だったため、達成できて良かったです。
また、もう一つの『登山を再開する』という約束も先の連休に守ることができました。


応用情報技術者試験に合格した話

受験したのは令和5年度春期試験なので、もうかなり前の4月の話なのですが
今月中旬、ようやく合格証が届きました。
午前74点、午後85点となぜか午後の方が得点が高かったのが不思議です。

 

基本情報合格で少し気持ちが緩んでいたせいもあり、試験勉強に取り掛かる時期が遅れてしまい、実質1ヶ月くらいしか学習期間をかけられなかったのは大いに反省すべき点でした。
合格できたのは短期間に必死に集中して勉強したのもありましたが、昨年勉強した基本情報での蓄積した知識(基本と応用の試験範囲は重なっており、応用情報は基本情報の内容をより深く問われるような試験になっています)が大きかったように思います。
また、試験勉強中に「ああ、これ仕事でやったなあ…」と思い出すようなことも多々あり、これまでの実務経験が短期間での知識習得に寄与していたと思われます。
さすがにもう自分もIT技術者になって10年以上になるわけで、自分のような雑魚でもそれなりに実務経験を積めば応用情報に受かるくらいの知識は身につくようになるのだな、と勉強しながらしみじみすることもありました。

 

テキストは今回もまずキタミ式にお世話になったのですが、これだけでは知識の深さとしては合格レベルには達していなかったと感じたため、追加で定番テキストである合格教本を読みました。

 

キタミ式イラストIT塾 応用情報技術者 令和05年:書籍案内|技術評論社
https://gihyo.jp/book/2022/978-4-297-13188-3

 

令和05年【春期】【秋期】 応用情報技術者 合格教本 | 資格試験(IT),応用情報技術者 | Gihyo Direct
https://direct.gihyo.jp/view/item/000000002895?category_page_id=shikaku_it03

 

合格教本はかなり詳しく試験範囲を網羅してくれているのですが、ハードルはやや高く、まずわかりやすく教えてくれるキタミ式から入り、合格教本でより知識を深めるという戦略で勉強を進めました。
その後はひたすら問題集を2冊ほど解きまくっていました。

 

とまあ、こんな感じですが何にしても合格できてよかったです。
もともとド文系のPC音痴の上30歳過ぎてからドサクサに紛れてIT業界入りした自分としては本当にエンジニアに向いているのか、どこの企業でも通じるようなちゃんとしたスキルや知識を持っているのか、一種の不安やコンプレックスを持っていたのですが、さすがに応用情報に合格できるレベルなら大抵の会社で「最低限使えるレベル」くらいにはみなしてもらえるだろう、という安心感(?)を得ました。
また文系ゆえこれまできちんと情報科学の基礎を学んでいなかったため、基礎的・体系的な知識を学ぶいい機会にもなりました。

 

一方で今の年齢、これだけ実務経験を積んでいれば応用情報はまだ「合格して当然」のレベルではあります。
情報処理技術者試験の中でもレベル3の応用情報は平均的なITエンジニアなら20代半ばくらいまでには合格している試験と聞きます。まだまだ修行が足りていません。
次、秋期試験はいよいよレベル4の高度試験に挑戦したいと思います。
高度試験は色々と試験区分があるので、次の試験だけではなく来年以降も様々な試験に挑戦して「一人前のエンジニア」を目指して行こうと思います。

 

◆久々に登山した話

7月15、16日の連休、奥秩父金峰山に登りました。
これまで登山というほどではない、低山歩きはちょくちょく行っていたのですが、テントを担いで標高2500m以上の高山に登ったのは本当に久しぶりでした。
「本格的に登山を再開する」というのも今年の最初に立てた目標の一つでした。

20代の頃は80リットルのザックを背負って北アルプスを何日も縦走…みたいなことを普通にやっていたのですが、40代になった今、ガクつく足を抑えヒイヒイ苦しみながら登ることになり、すっかり体力の低下を痛感する結果に…。
ダイエットや軽い運動もそこそこやっていたのですが、やはり甘かったですね。
辛うじて2599mの金峰山山頂に登頂することは成功したのですが、本格的に登山を再開するには日頃から筋トレして、もっと体重を落とす必要があるようです。

それでも稜線の涼しい風を浴び絶景を眺めながら休憩した瞬間は最高の気分でしたし
登山はやっぱり楽しいということを思い出しました。金峰山自体も素晴らしい山でしたね。
次は目標達成という義務感ではなく、楽しみたいという気持ちで登りたいですね。

 

 

それでは、8月からはまた勉強に集中していきたいと思います。

40代ド文系底辺エンジニアが基本情報技術者試験に今さら合格した話

タイトルの通り、かろうじて自分との約束を守ることができました。
合格者受験番号は昨年末に発表されていたので合格したことは知っていましたが、年が明けて1月15日に合格証が届き、ようやく実感が湧いてきました(というか安堵できました)。

 

しかし、IT業界の人ならご存知と思いますが、基本情報なんて自分の年齢やキャリアを考えれば、持ってて当たり前の資格です。
というか取るのが遅すぎです。本来なら新卒で入社したエンジニアでも数年以内に取っておくべき初級資格で、早い人なら学生のうちに合格しているような資格です。
今さら取得しても転職の足しにもならないことは理解しています。
自分は30過ぎてからプログラマになったのでただでさえスロースタートなのですが、この資格を取っておかなきゃ、おかなきゃ…と思いつつ10年以上先送りにしていた、喉に引っ掛かった魚の骨のような課題の一つでした。


過去にも何度か受験したことはあったのですが、中途半端な勉強だけで挑戦して午後試験で爆死したり、申込みだけして無勉強だったため、怖くて試験会場にも行くことができなかった回もありました…。

いつになったら自分は基本情報を取るんだ!という心の叫びと焦りから、「2022年中に必ず基本情報を取る」と決意し退路を断つためにTwitterも合格するまで止めることにしたのが昨年冒頭のことです。

そこから約1年。一念発起した自分はコツコツ勉強していたのかというと……そうでもなく……Twitterを止めたら今度ははてブやら嫌儲やらに流れて入り浸るという自堕落な日々。自分の意志の弱さにホトホト呆れ果てながらも机に座ることすらできない自分に自己嫌悪に陥っていました。

立ち直るきっかけになった出来事は正確には覚えていないのですが、確か7月のある日、嫌儲に立てられたとある秀逸で不謹慎なスレタイについゲラゲラ笑ってしまったのですが、そこでハッと目が覚めたのがきっかけと言えばきっかけだったように思います。

何やってんだ俺。最低だ俺って。

無職・フリーターとしてダラダラ・悶々と過ごしていた20代からまるで進歩がない。俺はこのまま何者にもなれず、何もやり遂げられずネットをボーッと眺めながら終わっていく人間なんだろうか…
自分が恥ずかしくなりました。そして今年も自分との約束を守ることができないまま終わっていくのだろうか。

そこで奮起してバリバリ勉強に打ち込み…というわけでもなく(本当に情けない奴)
でも意識だけは前に進もうと、まずは嫌がる自分を「無理やり机に座らせる」ことから始めることにしました。
自分はとにかく集中力が散漫で、15分机に座っていると飽きてきてしまうし本もしばらく読んでいると睡魔に襲われて寝落ちしてしまう性格(察してください)で、過去の試験でもこのようにして失敗している、昔からとにかく勉強が苦手な人間でした。

「形から入る」といえば聞こえはいいですが、そのまま寝落ちしてもいいからとにかく自分を「勉強モード」に追い込む作戦でした。
しかし、とにかく嫌でも「机に座って本を読むフリをする」ように自分を縛り付けるようにしていると、(最初は本当に1ページもテキストを進めることができずに数時間机に突っ伏して居眠りして終わった日もあったのですが)徐々に「勉強をしている自分」に慣れてきたのか、勉強に身が入るようになってきました。次第に眠らずに1日8時間以上勉強することもできるようになっていきました。

 

そこからの約3ヶ月間は本当にみっちり勉強しました。こんなに勉強したのは大学受験以来だと思います。(まあ親に言わせると自分は大学受験もろくに勉強して無かったらしいのですが…)
自分はとにかく数学が苦手のド文系で(なんでプログラマなんかやっているの…)、最初はやはり数学やアルゴリズム分野の問題でつまづいてしまいました。
基本情報技術者試験で出題される数学の範囲は中学レベルの簡単な計算問題から確率や統計など高校レベルのやや難しい問題まであるのですが、ハッキリ言って数学とアルゴリズムを避けて合格することは困難です。そのくらい近年は数学とアルゴリズム問題のウェイトが上がっており、試験を開催しているIPAも数理・論理的思考力を重視しているのが分かります。

というわけで途中から試験勉強は「数学とアルゴリズムから逃げるな」をスローガンに学習を進めることにしました。最初は全然分からなくて全く歯が立たず、ある程度テキストを読んで公式や解き方などを覚えても、これでどうだ!と自信満々で答え合わせをしてみたら間違えていたり…心が折れそうでした。それでも「今は間違ってもいいから、本試験じゃないから…」と自分に言い聞かせて問題集をひたすら解き続けていました。

すると試験日も迫った追い込みの時期、過去問を解いてみたらいつのまにか計算問題にほぼ全問正解しているようになっていました。なぜか。どうやら実はしっかり理解していなかった公式や解法は繰り返し問題を解くことで「解像度」が上がっていたようで、
そして数学や論理の問題は解き方さえしっかり覚えればある程度未知の問題にも応用が効くことが分かったのです。逆に知識として知らないと勘頼みになるマネジメントやストラテジ系の問題の方がある意味厄介だということにも気づきました。苦手だった数学問題がいつの間にか得点源にすらなっていたことに気がついた時は嬉しかったです。しかしアルゴリズム問題の方は何回解いても苦手意識は変わらず…結局単体でかろうじて合格ラインの6割を超えるのが関の山でした。

 

最終的に試験勉強はテキスト・参考書4冊、問題集3冊をこなしました。勉強時間は平均して平日は3時間程度、休日は8時間程度でした。頭のいい人、要領のいい人ならもっと効率的で少ない勉強量で合格できると思います。オススメのテキストと言えるかどうか分かりませんが自分は『キタミ式イラストIT塾 基本情報技術者』が取っ掛かりとしては良かったです。完全な初心者から基本情報の勉強を始めるならなおさらですが、豊富なイラストややさしい説明が嬉しかったです。ただし、このテキストだけをこなしていただけでは合格することは難しいでしょう。キタミ式が終わったらより詳しい内容のテキストをもう1冊やるか、問題集をどんどんこなして本試験の問題になれることが必要です(特に午後)。

キタミ式イラストIT塾 基本情報技術者 令和05年:書籍案内|技術評論社
https://gihyo.jp/book/2022/978-4-297-13186-9
あくまでも凡夫の体験談として参考にして下さい。

 

そして11月に迎えた本試験、結果は午前90点、午後76点でした。目標は午前9割、午後8割だったのでちょっと惜しい結果でしたが、箸にも棒にもかからなかった午後を突破できたことで喜びと自己効力感で一杯でした。

なお、合格が分かった時はそれなりにウッキウキだったのですが、今期の情報処理技術者試験で非エンジニアや中学生ながら基本情報よりはるかに難しい高度試験に合格した人の話題をネットで見かけてしまい、一瞬でその浮かれ気分は吹き飛び、今はヒエッヒエ状態です。
まあ、そうだよね…上には上がいる。でもそんな凄い人たちと自分を比べても気分が落ち込むだけでキリがない。自分と向き合い、自分自身と闘い、過去の自分を乗り越えることができればそれでいいと言い聞かせてます。
こんな自分でも、少しずつなら変わっていけることが分かったので。

 

まだこれで終わりじゃないと考えていますし、レベル4高度試験に受かることが最終目標です。そのためにまず、今年は基本情報より1ランク上の応用情報技術者試験に挑戦し、合格することを目指します。
今年も自分との約束を守る。克己して頑張りたいと思います。